2005年07月06日

気になるQuoteをお一つ。

自分が良い事をしていると絶対的に確信している奴程、その行為が及ぼす悪の限界ははかり知れない。(大雑把訳:march-hare)

ある精神病院の患者さんが言った言葉だそうです。
なかなか的を得た事を言うと感心してしまいました。
彼は誰を想定してこの言葉を言ったのかなー。彼の担当医か?

でもこれって、いろいろな状況に当てはまりそう。
どこかの国の大統領だって、テロリストだって、
自分のやっている事が正しいと絶対的に信じているから、
支払えてしまう大きな犠牲。人の命や自分の命まで。
そして失われる物に対して、感覚麻痺になってしまえるのでは。
もっと小さなレベルでも、例がありそうな深いお言葉だと思いました。

ちょっとダークですいません。でも記録に値すると思ったので。
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2005年06月10日

デビルな男

今日いつもは行かないガソリンスタンドに寄ったところ、そこの経営者は中東出身の人らしく、従業員も皆そんな感じで、英語にも訛りがありました。
中東系、ムスリムのガソリンスタンドの従業員といえば、とってもおかしい話を思い出します。続きを読む
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2005年04月20日

甘い言葉とフードにご用心

ちょっと書く事が決まらない時は友人、スマイルのまぶしい怪人Fさんの事を考えると簡単です。(これで3度目のご出演!)Fさんは美食家ですが、同時に完璧主義でもあるので、常時ダイエットモードです。最近、アトキンスダイエットなどの、炭水化物を一切摂らない食事などが流行っていますが、ブーム前からFさんはご飯、パスタ、パン系統の食物を一切食べない人でした。

でも彼、人に食べ物を勧めるのは好きなようなのです。

職場関係のパーティがあったりすると、Fさんはこういったパーティには必ず高価なフード系のギフトを持参します。彼のギフトはいつも必ず、一番豪華で、美味しく、皆の記憶に残るものです。もちろんこれは政治的な配慮からなんですけど、どんな場でもキラリと光る事をモットーとする彼の方針でもあります。こういう儀礼的な集まりに、私も夫人同伴のアメリカの習慣に従って夫と参加して、人間観察して時間を潰す訳です。(何か本音が出てます。)ある時、彼はとても豪華なお菓子を持参しました。濃厚なクリームを使ったもの、ハーブやチョコレートを使った、珍しい味のもの、どれをみても美味しそうですが、高カロリー間違いナシです。Fさんは美しく盛られたお菓子の箱を持って、他のゲストにすすめていくのですが・・・どうも彼、箱を持って太っている女性の方へばかり行くのです。熱心にお菓子を勧めています。特に一番大きく、高カロリーの物を勧めます。彼女たちはもちろんFさんとお菓子の魅力に抵抗できる訳でもなく、最初は遠慮しつつも食べてしまいます。しばらくして、Fさんがラウンドを終了して戻ってくると、彼の動向を観察していた私に向かって、「やはり食い物の誘惑には勝てないね、あれだけデカイと。」なんてさりげなく耳打ちするのです。それってちょっとムゴイんじゃ・・・と思って、夫の方を見ると、

夫は「Fも心の中では永遠の肥満児なんだよ。」と既に解った風。ヘ?

自分が食べられない分、他人に食べさせる?
ホントは自分も食べたいものを頬張る相手に自分の姿を投影して反面教師にしてる?それで食欲減退させてるの?
それ以来、Fさんに高カロリーな食べ物を「おいしそうだから、食べなよ。」と勧められると躊躇してしまう私でありました。

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2005年04月05日

ミスマッチ、だからベストマッチ?

と思い浮かぶのは私の夫と彼の親友、Fさんの関係です。(あ、また書いてる!彼については3/29と3/25日付の記事参照)これほど、思想的、生活方針的にミスマッチの二人が何故親友なのかは、いつも精神分析的な思索のテーマとなってしまいます。

私の夫はちょっと自嘲的に自分の事をbleeding heart liberalと呼びます。Bleeding heartは言葉そのまま、心痛めている=良心の呵責に悩まされているという意味を表現しています。Liberalというのは、直訳すれば自由主義とかいう意味ですが、インテリで進歩的、または反保守的方針(ここでの保守的方針は、人種、女性差別など、既存のシステムの有力者を優遇するような”保身”の方針の事)という意味もあります。夫のような"bleeding heart liberal"の人は、環境破壊に心を痛め、発展途上国の貧困に心を痛め、イラク戦争に反対し、大企業CEOの横暴には激怒し、あらゆる差別に心を痛め、環境問題と原油確保に影響される対外政策への配慮から、ガソリン燃費の高いSUVなど決して運転できませんー、という人です。ハッキリ言って、必ずどこかで何かが犠牲にされている現在のアメリカでの豊かな生活が、精神的にとーってもしにくい状態でいる人なんです。自分のポリシーは個人的な事として、それで他人を判断したりはしないので、外から観察した所ではわかりません。でも彼の心は比喩的な意味でいつも貧血状態。私なんぞは無知が幸いして、もうちょっとお気楽ですし、ある一定以上の事実は精神衛生上(?!)あまり追究しませんので、bleeding heartは免れています。(一家に一人で充分!)続きを読む
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2005年03月25日

鏡よ鏡ー解らない医療マニア

私達夫婦の大好きなお友達、Fさんはとても素敵な人です。知的で、見かけは俳優?というようなの凛々しいお顔立ち、体格も筋肉質で、威圧する程大きくなく、いつもファッショナブル、しかも話し方は静かで優しく、かつ男らしい。本当にダンディ、伊達男、紳士という言葉はこういう人を形容するのねーという感じです。こんないい男、女性が放っておく訳がないのですが、残念ながら彼は自他共に認めるゲイです。もともと夫とは同じ仕事仲間で、10数年来の親友です。私と夫の関係よりも長い彼等の友情、結婚後はどうしても距離ができてしまったのが私も残念で、時々二人でデート(?!)するようにしむけています。

この間、夫とFさんと3人で夕食を一緒にした時、Fさんに「どこか違う?」と聞かれました。
私の事かと一瞬思ったら、自分のことを聞いているらしい。
???と質問の意図がわかりませんという顔をすると、最近、脂肪吸引(liposuction)したと言うのです。え、だって、ドコ吸引するの?週に何回もジムに通っていて、厳しい食生活をしている彼の体に余分な脂肪があるとは思えません。話を聞くと、する必要がないと言い張って、整形外科医の方々もまともに取り合ってくれなかったとか。
それで、いろいろ探して最後にあたってみた整形外科医は、Fさんの要求を聞いて一言、「それなら、ここも」(といって彼のウエストを指差し、)「ここも、(といって彼の腕の下を指差し、)やった方がいいかも知れませんねー。」と言ったそうです。その外科医の彼のノリを読んだ所が気に入って、やっと希望の脂肪吸引が受けられたそうです。
何事にもエレガントなFさん、こんな話題もユーモア含めてさらりと話していました。
その後、帰りの車の中で夫に「どうして充分完璧なのにさらにあんな事するんだろうねー」とコメントした所、夫は驚くこともなく「いつももそうだよ」と。健康なのに彼は頻繁に病院にいって、検査や治療を受けているとか。デンタルケアのCMに出られそうな彼の完璧な歯並びも、しつこく「これ以上改良の余地なし」という歯医者に無理矢理いろいろケアさせている結果だそうです。

あんなにいつも自信に満ちあふれているようなFさんも一人で鏡の前に立つと、白雪姫の継母の如く、鏡よ鏡ーと自分の完璧さのチェックをしているのでしょうか。私には見えない欠陥がその鏡には写るのでしょうか。私ごときには解りません。
そんなFさんの厳しい審美眼を思うと、彼の前に出るのが恥ずかしくなってしまいます。
ちょっとくらい、欠陥のある自分を許してあげるのも、必要な事だと思うのですが。
でももちろん完璧をさらに完璧にしようとも、
他人に迷惑がなければ、個人の自由です。

と、いろいろ真面目に考える私の隣で、夫は平然と、
「あそこまで病院通いが好きだと、老後も楽しみが減らないだろうなー。」の一言。
 ・・・・そういう彼を夫もそのまま受け止めてあげているのは解りますが、
時に夫のユーモアのセンスに、戸惑う私でもありました。

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2005年03月22日

化粧する女、しない女。#2

前記事#1に続きます。
私のセラピストが化粧をしないという話から、母が「基本的に化粧しない女、信用できない。」といったところまででしたが、実はこの母の気持ち、解らないわけでもありません。母がその時に使った化粧という言葉の意味をもっと深読みしてみると、着飾るという意味よりも、他人がみる自分の姿をよく理解して身なりをコントロールするセンスという意味があると思います。しいてはよく使われる言葉、建前と本音のバランスの取り方を心得ているかということにも繋がります。(というか私が勝手に繋げてるかも)
全く「化粧」をしないというのは、その関係に無関心か、無神経であることの表れかもしれない、そういう表と裏の微妙な関係に敏感でない人にどうして自分の内面の機微まで解る事ができるだろうか、という意味が母の一言に含まれていると思いました。これも個人的な意見で、それなりの偏見もあるのですが、なかなか深いところがあるなーと思いました。また、この建前と本音のような表と裏の関係に対しての母の敏感さも、アメリカ生活の長い私からみると、とても日本的な感性だなと思いました。

一般的にアメリカでは、形式的なところが一切ない部分には嘘がなく、人の本質が出ると考えられるので、礼儀などはいいことだけれども結局は装飾的なこととみなされ、とにかく自分のスタイルで通すという事が尊重されます。自分のイメージがとても絶対的です。日本人の感覚からすると、建前、本音という言葉にもあるとおり、礼儀なども、形式という装飾的なものではなく、こころの器として尊重する所があると思います。(と思いたい。)どちらにも美点があり、日常の生活の中で、それに気付かされる時も多くあります。
化粧の話に戻ると、私は極端です。しない時はまったく気にせず、する時は、充分楽しみます。厚化粧はカッコ悪いですが、全くしないのは、自分の隠された表情を未発掘にしているようで、もったいない気がします。化粧をしないでいるのが一番いいと言い張った昔の彼の言葉、私は信じませんでしたし、これからも信じません。(笑)

夫にこの記事の内容を話したところ、新たにインプットがありました。
「アメリカでの化粧をしないという態度は、60年代のフェミニズムの影響からもきているよ。」と言うのです。
「自分を飾りたてることは男性に迎合することだという考える人もいる」と。確かに、そういった態度は珍しくありません。このアメリカのフェミニズムに関しても、一度考えをまとめてみたいですねー。

注:ブログの記事は、表現の都合上、断定的に聞こえてしまうものもあるかもしれませんが、主に私個人の観察と経験から述べるている意見です。例外も多々あるのは認識しておりますので、ご理解下さいませ。わーい(嬉しい顔)
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2005年03月20日

化粧する女、しない女。#1

再び私のセラピー体験に関わる話題に戻ります。セラピーを始めた頃、日本にいる母に説明するのに困りました。日本に限らず、セラピーのメッカ、アメリカでも、通常の医療サービスとは全く違うので、どうしても経験のない人は偏見を持ってしまいます。(私もそうでした。)よくある偏見2種が、
@セラピーを受けるのはやっぱりちょっと精神的におかしい、普通ではない人か変人。(変人は当たってるかしら?)
A対話だけで薬や具体的な治療のないセラピーは意味がない。
最初は少しばかり@Aの偏見を両方持っていた母ですが、私の話から次第に理解を示すように(でもどこか懐疑的ですが)なったかなーと思った所、母とのある興味深いやりとりがありました。
母:あなたのセラピスト、女の人?男の人?
私:女性。
母:きれいな人?
私:んー・・・とははっきり言えないかも。(ゴメンナサイ)
母:どういう感じの人?
私:えーまだ(始めてからまもないので)よくわからないけど。優しそう。小柄で
  あまりファッションセンスはないかなー。いつもすごぐ地味な格好して、お化   
  粧も全くしてない。
母:えー化粧しないの?!
私:うん。いつもすっぴん。
母:私、基本的に化粧しない女、信用できない。
私:そう・・・?
いつも電話なので、母には私の仕事場で作業着のすっぴんでいる所、見えるはずもなく・・・遠くはなれた私のやり方が母の理想と違っている事の実感と同時に、少しばかり十代の反抗期に感じた、親の賛成しない事をこっそりをしてしまうスリルを密かに味わいました。(笑)
と、話がずれてしまいましたが。
この母のちょっとシュールにも聞こえる一言、言葉そのままの意味以上に、奥の深いところがあると思いました。
私の連想は続きます。(#2に続く)

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2005年03月15日

セラピー文化論#2

引き続き私の勝手な文化論です。セラピーが始められたヨーロッパよりもアメリカに浸透した一番大きな理由は、私の思うところアメリカ的個人主義です。これはもちろん私個人の考えですが。アメリカの建国は権利の強い主張から始まりました。インディアン部族を除いた全ての人口が移民のアメリカでは特に人種によって、歴史の経験が違います。(ここでいう歴史は長い時間の間に形成され共有されたアイデンティティの記憶としています。)→違うのが当然だから、共通の価値観や常識がいまいちはっきりせず、それをはっきりと自己主張して、相手を説得する必要が出てくる。(→エンターテイメントの発達、訴訟の多発)それが個人主義、Individualityとして尊重される。(近年の世界情勢から観るとこれが悪用された時の例は言うまでもありませんね。)
→違うということが前提のアメリカでは理解は相手から察してもらえる事ではなくて自己主張、表現をして獲得するものと信じられている。→その何でも自分の手でという開拓精神の自由さの裏には、何でもいちいち主張しなきゃ解ってもらえないからある種の孤独もあったりする。→で、とてもプライベートな空間で思いっきり自己主張する場としてのセラピーは自己主張、正当化の満足と、専属理解者としてセラピストが孤独感を癒してくれるというアメリカの心理のニーズにマッチした格好の設定だったのでは?!と思うわけです。
ここまで読んでくれた方、どうもありがとう!お疲れさまです。
このアイデア書いてみたかったんですよー。
ヨーロッパ、南米、インド出身友人とも話してみましたが、歴史の長い国出身の人は同じ慣習、歴史をコミュニティで共有した環境の中で育ったので、みんな別々で違うという意識は薄く、あまり何でも相手に正当化したり議論したりする必要をアメリカ人ほど感じてはいないようです。でも国籍、文化にかかわらず、みんなどこかで癒しを求めているのは同じですね。

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2005年03月14日

セラピー文化論#1

ここ数年の間に、日本でもセラピーや、精神分析、神経内科への関心が高くなって来ているようですが、ひとつ私の経験から思った事、書いてみます。
実は、去年まで私一年半ほど週一回のセラピーを続けてみたのですが、振り返ってみると、比較文化的に興味深い経験でした。アメリカでは日本よりもかなりサイコセラピーは浸透していて、セラピーを受ける人の数もずっと多く、それに対する態度もずっとカジュアルです。一番多いのは個人、グループやカップルセラピーなどもよくあります。ここセラピー先進国アメリカでもよく間違われるのが、精神分析(Psychoanalysis) といわゆるセラピー(Psychotherapy)の違いです。フロイトが始祖の精神分析(Psychoanalysis)は患者さんが長椅子に仰向けになり、セラピストは患者の視界の外に対峙して、患者さんが頭に浮かぶ事をそのまま述べる自由連想(Free association)を聞き取って行きます。回数も週4ー5回で時間もお金もかかります。かかる人は少数派です。セラピーが有閑マダムの暇つぶしといったステレオタイプもここから来るんだと思います。
普通のセラピー(Psychotherapy)は長椅子なし、回数も週1ー3回とケース毎に自由で、セラピストと向き合って会話形式に進行します。どちらも話すのは患者さんの方が殆どで、セラピストの方から会話をリードすることは全くありません。これがなかなか不思議で慣れるのに時間がかかりました。時々私もセラピストに対抗して長い間沈黙したり。焦って話しても逆に自分の感情に正直でないとセラピーにならないのです。全てのセラピーの元祖はフロイトですが、今ではヨーロッパよりもアメリカの方が、セラピーの本場になっています。(これには文化的な背景があると私は思うのですが、それはまた後で。)
私がセラピーを始めた理由は、当時落ち込んでいたのと、夫から強く勧められたからです。実は私の夫は経歴12年のセラピスト/精神科医/精神分析家で、つきあいはじめた時からセラピーをやってみたらいいと言われてました。(これって普通つき合いはじめの相手に言うような文句ではありませんよね〜全く。でもそれだけ打ち解けていたから?)彼自身もセラピストのトレーニングの一環でと自己改善のためにで何年もセラピーを受けていまして、「自分の事がよく解るようになって自分でいる事がずっと楽になったよ」と言うので、始めてみました。もともとそういう事に興味があったのです。
このトピック長くなってしまいました。時間切れ。この続きは次回。
posted by march-hare at 09:56| ボストン ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サイコ・ロジカル?!な話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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